HISTORY 当社の歴史

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    沿革

    当社は昭和19年10月、太平洋戦争のさなかに戦時統制令により、「徳島青果市場」と「阿波農産物株式会社」が合併し、徳島市青果物配給株式会社として発足いたしました。

    昭和20年8月、終戦をむかえ、幾多の規制が廃止され、活発な経済活動がよみがえった昭和23年3月に社名を今日の徳島青果株式会社に改称いたしました。
    その後、高度経済成長を背景に青果物需要も拡大の一途をたどり、業績も順調な伸びを示してきましたが、同時に流通機構の整備と施設の大型化に対応すべく、 昭和48年2月に全国で33番目の総合食品卸売市場として徳島市中央卸売市場に入場いたしました。

    入場後は、都市化の進展や消費水準の向上など本格的な大型流通時代を迎え、 取扱高も昭和56年3月には四国で初の取扱高100億円の大台を突破し、平成10年には異常気象による品薄基調と玉葱を始めとした加工需要も手伝って取扱高160億円台を残すまで順調に推移しておりました。

    しかしながら、バブル崩壊後は景気低迷に加えて流通構造の変化や取引形態の多様化、又 市場外流通との競争激化や生産地の高齢化等で後継者不足に陥るなど様々な悪条件が重なり、 その年の気象条件にも大いに左右されました。
    130億まで取扱高が減少しておりましたが、近年では140~150億まで回復しております。

    大変厳しい環境下になっておりますが、 今後も生産・消費双方の期待に応えつつ業績の向上と利益確保を目指しつつ、公的使命の達成に邁進いたす所存でございます。